公開日 2023年09月16日
2023年の住宅ローン金利見通しは今後どうなる?
日銀の相次ぐ金利引き上げで長期固定金利は上昇、変動金利も銀行の運用方針転換で上昇も
2023年以降の住宅ローンの金利見通しは、今後どうなるのだろうか? 住宅ローン金利は、日銀のマイナス金利政策の影響を受けているだけでなく、銀行間の住宅ローン獲得競争の激しさもあり、過去最低水準で推移してきた。一方で長期金利については、日銀の相次ぐ金利引き上げで、全期間固定などの固定金利は上昇していく可能性もありそうだ。
住宅ローン金利の長期推移は?
まずは、住宅ローンの「変動金利」「全期間固定金利(ここでは、フラット35)の推移を見てみよう。下のグラフのように、過去18年分の住宅ローン金利の推移を見ると、非常に低い水準にあることが分かる。
変動金利については、2008年以降は一貫して下落し続けており、2008年9月は1.875%あった変動金利だが、2023年6月には0.375%まで下落している(いずれも大手銀行の金利)。
ネット銀行の変動金利はさらに低い金利となっており、PayPay銀行、SBI新生銀行などの変動金利は0.3%前後まで下落。変動金利は過去最低の金利水準となっている。少数だが、いまだ金利を下げる銀行があるのには驚くばかりだ。
一方で、全期間固定金利(フラット35)は、2004年ごろは3%台だったが、現在は1%台まで下落。ただし最近は世界的な金利上昇を受けて、全期間固定金利が上昇し始めただけでなく、日銀の金融政策の変更により、一段と上昇する可能性がでてきた。
※2019年9月以前は、団信保険料が別途支払いだったため、保険料に当たる0.358%を足した金利とした
金利決定要因は「市場金利」と「銀行間競争」
住宅ローン金利の今後の見通しを考える前に、住宅ローンの金利はどうやって決定するのかを説明しよう。住宅ローン金利を決定する要因は、主に2つある。
住宅ローン金利を決定する要因
(1)日銀政策の影響を受けている市場金利
(2)銀行間の住宅ローン獲得競争による金利引き下げ
(1)日銀政策の影響を受けている市場金利
(1)日銀政策の影響を受けている市場金利を見てみよう。銀行が住宅ローンを貸し出す際、その資金を金融市場などから調達しなければならないので、どうしても市場金利の影響を受けることになる。
変動金利は、短期金利市場で資金を調達してくるので、「日銀の政策金利」(現在は、日銀当座預金の超過準備に対する金利)の影響を受けやすい。日銀の金融緩和政策により下落し続けており、現在の政策金利は▲0.1%だ。
なお、2022年12月の日銀の金融政策転換では、短期金利を動かす政策はなかったが、2023年4月に日銀の新総裁に就任した植田和男氏は、金融正常化に踏み込むかもしれない。そうなれば、変動金利の上昇が始まるだろう。
一方で、住宅ローンの長期固定金利(フラット35を含む)は、長期金利(10年国債金利)の影響を大きく受ける。世界的な金利上昇から日本の長期金利も上昇傾向となり、住宅ローンの金利も上昇が始まっている。
長期金利の代表である10年国債金利については、日銀がイールドカーブ・コントロール政策(YCC)の導入により10年国債金利に上限を設けている。2022年12月に上限を0.5%に引き上げ、2023年7月には事実上の上限を1%に引き上げたことから、10年国債金利は急速に上昇。今後も、上限を徐々に引き上げていくことが予想され、長期金利の上昇傾向は続くと見ている。
(2)銀行間の住宅ローン獲得競争による金利引き下げ
(2)銀行間の住宅ローン獲得競争による金利引き下げも重要な要因だ。多くの銀行は貸出先が少なく、住宅ローンの獲得にかなり意欲的だ。ライバル銀行に競り勝つため、金利の引き下げ競争はかなり過熱している。住宅ローン業界では、この金利引き下げのことを「金利優遇」と言っている。
それでは、今後の金利の動向を予想するため、「変動金利」と「長期固定金利」に分けて、さらに詳しく見ていこう。
【変動金利】銀行間の競争で、低金利維持
「変動金利」の金利の動向を調べるため、変動金利がどのように決まっているのかを見てみよう。
住宅ローンの変動金利の決まり方はやや複雑だ。
変動金利は、主に短期金利市場から資金を調達しているので、短期金利に連動するといわれている。短期金利の指標となるのは、日銀の政策金利(無担保コール翌日物レート。現在は日銀当座預金の超過準備に対する金利)で、金融緩和政策により下落し続けており、現在は▲0.1%だ。
この政策金利に、銀行のコスト、利益を載せたものが「店頭金利」だ。最近はあまり目にすることはないが、住宅ローンの金利は、元々は「店頭金利」が使われていた。各銀行の金利はほぼ横並びという牧歌的な時代だった。
その「店頭金利」から、各銀行が設定した「金利優遇幅」を引いたものが「表面金利(適用金利)」で、実際に適用される金利はこの「表面金利」だ。「表面金利」は、2008年9月は1.875%だったが、「金利優遇幅」が拡大することで、2022年12月には0.375%まで低下している(大手銀行のケース)。
「表面金利」=「店頭金利」-「金利優遇幅」
※図版の著作権はダイヤモンド社にあります。コピー禁止とします。
この金利をそれぞれ分析していこう。
店頭金利は10年以上据え置き
「店頭金利」については、「日本銀行の政策金利(短期金利の指標)」の影響を受けており、日銀による金融緩和策によって徐々に下がってきたが、過去10年以上、2.475%(大手銀行の場合)で下げ止まっている。
日銀は景気回復のために政策金利を引き下げてきたが、それだけでは効果が薄いため、資産を買い入れる「量的緩和」、「マイナス金利」などの施策を実施してきた。
現在、コロナ禍で政府は緊急財政出動を行っており、日銀もこれを側面支援するため、金利を現状の低い水準に維持している。
低金利による、円安、インフレなどの弊害が出てきたことから、日銀は長期金利については、引き上げ方向にかじを切りつつあるが、政策金利(短期金利)はまだ▲0.1%に据え置いており、今後の動向が注目されるところだ。
個人的には、次の日銀の政策変更は、マイナス金利の解除、ゼロ金利の解除、資産売却などのうち、ゼロ金利の解除を早い段階で行うものと予想している。金利の急上昇は景気に悪影響を与えることが懸念されるため、金利の上昇幅を抑える必要があり、ゼロ金利解除のみであれば、過去の金利変動幅を考えれば、0.1%程度しか上昇が見込まれないからだ。正常化を一挙にすすめると金利が急上昇する可能性が高く、段階的に行うことで、金利の緩やかな上昇に導こうとするのではないかと考えている。
※住宅ローンの「店頭金利」は、信用度が高い大企業向け融資の最優遇金利である「短期プライムレート+1%」と設定している銀行が多いが、ネット銀行や地方銀行などは独自の基準を設けており、必ずしも短期プライムレートと連動している訳ではない。ただ、今後は短期プライムレートに縛られない、異なった動きの銀行が増えるかもしれない。
■シンクタンクの短期金利引き上げ予想は、2028年度以降
では、大手シンクタンクでは今後の金利推移がどうなると見ているのか。以下は、大手シンクタンクの今後の短期金利の予想だ(各社の短期金利の指標は違う。詳細は注記参照)。
金利優遇幅は、今も年々拡大
「金利優遇幅」については、徐々に拡大している。金融自由化の中で多くの金融機関が収益の柱として住宅ローンに注目。顧客獲得に向けて、金利引き下げ競争が広がったのが原因だ。
実際、三井住友銀行の場合、金利優遇幅は2008年9月には1.000%だったが、約14年後の2022年12月は2.000%まで拡大している。現在、各銀行の変動金利は0.4%前後という非常に低い金利となっているが、その大半は金利優遇によるものだ。
銀行は、自らの利益を削って量の拡大に走ってきたわけだが、こうした競争はいつまで続くのだろうか。黒田東彦・前日銀総裁は2016年に、「競争的な金融システムの中で、住宅ローン金利の引き上げが起きることはなかなか考えられない」と答えている。金融機関は、法人向けの融資などがなかなか伸びないため、住宅ローン貸し出しに力を入れざるをえないと見ているのだ。
実際、住宅金融支援機構が毎年行っている「民間住宅ローンの貸出動向調査(2021年度)」によると、「今後も積極的に住宅ローンに取り組む」という銀行は非常に多く、69.9%(新規借入の場合)だ。その比率は落ちてきてはいるものの、依然として高い。
早期に、金利優遇幅を縮小するシナリオも
ただ、これまで銀行が住宅ローン融資に注力していた理由には、低金利による運用難があったと考える。もし、長期金利の上昇が始まれば、銀行はポートフォリオの構成を変更してくる可能性がある。以前は運用先の一角を担っていた国債は、金利がほぼ0%となったため残高を減らし、デフォルト率が低く、残高確保が比較的容易な住宅ローンにシフトしてきたと思われる。
しかし、イールドカーブ・コントロール政策(YCC)の範囲拡大により始まった金利上昇で、国債の収益性が変動金利を上回ったらどうなるだろうか。デフォルト率はゼロ、取引残高の確保が簡単で、取引コストもきわめて廉価な国債にシフトする可能性が高くなるだろう。
国債の残高を一挙に増やすとは考えられないが、一定の残高が積みあがれば、変動金利の金利を下げて残高を積み上げる必要がなくなるので、変動金利の表面金利は上昇するのではないかと考える。
つまり、長期金利が上昇すると、たとえ短期金利が上昇しなくても、金利優遇幅を縮小して、変動金利の表面金利は上昇するかもしれない。2023年7月には、10年国債の上限が0.5%から1%に拡大されたので、今後は運用の国債シフトが起こり、変動金利の表面金利が上昇する可能性もあるだろう。
今後、変動金利は上昇するのか?
金利がこれ以上、下落するのは簡単ではなさそうだ。すでにコスト割れ寸前まで金利が下がっているといわれており、これ以上、下がる余地は少ないからだ。
住宅ローンにはさまざまなコストがかかっている。資金調達原価、営業経費、団信保険料、住宅ローン破綻(デフォルト)コスト、繰り上げ返済リスクに備えたコストも必要だ。多くの項目は経営努力によって引き下げることが可能だが、少なくとも団信特約料は実費として0.3%程度を保険会社に支払っている。また、住宅ローン破綻コストは普通の審査基準であれば0.2%程度かかるといわれている。合計のコストは少なくとも0.5%だ。
銀行の変動金利は現在、0.4%を割り込んでおり(2022年12月時点)、どう計算してもギリギリか、赤字だ。それでもここ数年、変動金利はじりじりと下がってきており、今後、まだ下がる余地はあるかもしれない。銀行としては、住宅ローン単体で採算を取るというよりは、給与振込口座の獲得や投資信託の販売などで、総合的に収益を上げていくのだろう。
こうした要因も踏まえて総合的に判断すると、住宅ローンの「変動金利」の見通しは、当面は現状維持だが、景気動向によっては徐々に上昇する可能性もあると言えそうだ。それも、日銀が本格的な金融正常化に入る前、銀行の運用方針の転換により、変動金利の店頭金利が上昇することも十分に起こり得るだろう。
明日へ続きます